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読書感想文
 
フランツ・カフカ「城」(ドイツ)を読む

 Kという人間にはある特別な意味があるのか。夏目漱石の「こころ」を読んだとき、私はこう思った。なぜ漱石は先生の自殺する友人に普通の名前を与えなかったのであろうか。アルファベットで友人を称するにおいてもなぜKだったのであろうか。AやJではいけなかったのか。Kには何か深い象徴的な意味があるのではないかと私は思った。
 はからずもカフカの「城」を読んだとき、再びKなる不思議な人物に私は出会った。「城」のKはれっきとした主人公である。この2人目のKは私には決定的であった。私はKという文字には何か象徴的な意味があるに違いないと現在でも思い続けている。
 ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読み終わったとき、私はその世界に圧倒された。感動というより、深く考えさせられた。とにかく、この作品の右に出るような小説はほかにあるのだろうかと思った。
 その後、ある本で「カラマーゾフの兄弟」に匹敵する唯一の小説があることを知った。それがカフカの「城」であった。本当かなと思いながらも興味津々、早速「城」を読んだ。この長編は何とKという文字から始まっている。私はすぐに作品の世界にのめり込んでいった。
 「城」は不思議な小説であった。小説ではあったが、何か哲学の本を読んでいる感じがした。それこそ1つ1つの言葉には象徴的な意味が隠されていると思った。たいへん難解ではあったが、読んでいてぞくぞくするような気持がした。それは「カラマーゾフの兄弟」を読んでいても感じたことだが、何か未知の世界を垣間見たときの気持とどこか似ていたのである。
 「城」は世界文学の中でも最高の部類に入ると私は思った。この作品は人間社会を見事に象徴していると思ったからである。

 Kは測量師である。Kは深い雪に覆われた村にたどり着いた。その村は遠く小高い山に聳える城に支配されている村である。Kは村人の世話である宿屋に落ち着いた。
 Kは城から測量の仕事をまかされたのである。Kは宿屋に泊まった翌日から城と打ち合わせをしようとした。Kは城に向かった。だが、城は遠くはっきりと見えるのに、道は曲がりくねっていて、城に行くことはできなかった。城は確かに存在しているのに、行き着くことができないのである。
 城とは電話で連絡はついた。だが、返ってきた応えはKには納得のいかないものであった。城はKに仕事を頼んだ覚えはないという。Kは確かに城の偉い人である伯爵の依頼書をもっていた。
 Kの管理は村長にまかされた。村長はKを小学校の小使いにした。Kは酒場で知り合った酒場の女給であるフリーダと恋仲になり、フリーダと結婚することにした。2人は小学校に住むことになった。
 フリーダは城の高級役人の愛人であった。フリーダはある計画のもとでKとの結婚を了解したのである。そして、すぐにKと別れようとした。Kはフリーダとの結婚をあきらめなかった。
 村には城から役人や従者たちがきていた。Kは城に支配された村の中で、何とか城と関係をもとうとした。Kは奇妙な運命を辿っていく。
 小説は未完で終わる。

 城は何を象徴しているのであろうか。見えるのではあるが、行くことはできない。それでも村は確実に城によって動かされている。Kは異邦人であった。いや、もしかしたら人間はみなKみたいな異邦人ではないのか。私は城を国家とか社会とかに置き換えてみた。 よく考えてみると私たちは見えるのだけれども実体のないものによって動かされているのではないだろうか。「城」は人間社会における人間の存在を本質的に描いていると私は思った。

 
作文道場フランツ・カフカ
1883年-1924年,オーストリア=ハンガリー帝国領当時のプラハで、ユダヤ人の商家にに生る。プラハ大学で法学を修めた後、肺結核で夭折するまで実直に勤めた労働災害保険協会での日々は、官僚機構の冷酷奇怪な幻像を生む土壌となる。生前発表された「変身」、死後注目集めることになる「審判」「城」等、人間存在の不条理を主題とするシュルレアリスム風の作品群を残している。現代実存主義文学の先駆者<新潮文庫「城」前田敬作訳>より引用。
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