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読書感想文
 
ジョン・スタインベック「怒りの葡萄(ぶどう)」(アメリカ)を読む

 資本主義はつねに危険を内包している。その危険とは不況と失業である。失業は悪そのものである。社会主義には失業がない。この理想のもと、多くの人が社会主義政権を望んだのである。
 アメリカの資本主義は何度も失業を経験している。とりわけすさまじいのは1929年の大恐慌直後である。町には失業者が溢れ、餓死した人もたくさんいた。アメリカの1930年代は最悪の時代だったといえる。
 アメリカでは大恐慌と技術革新が容赦なく農民を失業者にした。借金を抱えた小規模農場主たちは借金の形(かた)に銀行に土地を奪われ小作農になるが、人間の労働力に代わってトラクターが出現し、農民たちの仕事を奪った。仕事を奪われた農民たちは仕事を求めてカリフォルニアに向かった。カリフォルニアは豊かで、仕事はいくらでもあるという評判であった。
 スタインベック「怒りの葡萄」は土地を追われた農民一家のカリフォルニアでの生活を描いた物語である。たいへん雄大な物語である。私はこの作品を読んで、人間の生命力の強さに感動した。人間とはどんな状況でも生きようとするものだとつくづく思った。
 「怒りの葡萄」は聖書の<出エジプト記>をベースにしている。エジプトで奴隷として使われていたイスラエル人たちをモーゼが艱難辛苦の末にカナンの地まで連れていく。紅海が2つに割れて、その間の海水のない海底をエジプト軍に追われるイスラエル人が逃げる場面は聖書の中でも最高の場面といってもよい。
 モーゼは人を殺している。「怒りの葡萄」の中で、そのモーゼと重なるのがトムである。トムは喧嘩で人を殺し刑に服したが、刑期途中で仮出所した。「怒りの葡萄」はトムとその母親を中心として展開されていく。

 ジョード一家はオクラホマの土地を追われ、いよいよカリフォルニアを目指して移動した。ジョード一家の人たちは、祖父母・ジョン伯父・老トムとその妻・ノア・トム・ローザシャーンとその夫コニー・アル・ルーシー・ウィンフィールドであり、それと元説教師のケーシーの13人がボロトラックに乗った。運転をするのがトムとアルである。
 オクラホマからカリフォルニアまでは2000マイルあった。砂漠と山脈を越えて苦労の末、カリフォルニアにたどり着いた。途中、祖父母が死に、ノアとコニーが逃げ出した。
 カリフォルニアには仕事がほとんどなかった。カリフォルニアにはオーキーと呼ばれる土地を追われた浮浪農民が各地から25万人も集まっていた。少しの仕事に大勢が殺到した。カリフォルニアの土地は少数の人間によって支配されていた。大農場主たちは過酷な労働条件でオーキーたちを使った。富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなる構図であった。
 労働の賃金はどんどん下げられ、仕事にありついても生活ができないほどであった。しかし、賃金が下げられても労働力はすぐに満たされた。赤と呼ばれたオーキーたちがストライキを起こした。大農場主たちの意向を汲んだ警官はストライキを指導しているオーキーたちを取り締まった。平気で殺すこともした。
 ジョード一家はテント生活をしながら仕事を探した。たまに仕事があっても短期間で終わった。ジョード一家は運よく使い古しの貨車に住むことができた。その貨車に住んで綿摘みの仕事をしたが、その仕事も短期間であった。
 ジョード一家の住む土地に大雨が降った。川は氾濫し、洪水となった。水はジョード一家の住む貨車を襲った。彼らは貨車を出なければならない。だが、行く先もないしお金もなかった。それでもジョード一家は生きながらえようとした。
 地獄の状況の中で物語は終わる。

 物語の最後の洪水の場面で、私は聖書のノアの箱舟を思い浮かべた。「怒りの葡萄」はさながら地獄から脱出する人類の物語のようだ。

 
作文道場ジョン・スタインベック
1902年 - 1968年。カリフォルニア州サリーナス出身。スタンフォード大学で海洋生物学などを学ぶかたわら、農場や商店で働き、創作をはじめた。代表作「怒りの葡萄」で'40年にピューリッツァー賞を受賞・'62年にはノーベル賞を受けた。作品にはほかに「赤い小馬」「エデンの東」などがある。<新潮文庫「怒りの葡萄」大久保康雄訳>より引用。
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