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読書感想文
 
梶井基次郎「檸檬(れもん)・桜の樹の下に」を読む

 よく理解できないけれど、なぜか惹きつけられる小説というものがある。さしずめ私にとっては梶井基次郎の小説がこの類の小説である。
 大学生のとき、初めて「檸檬」を読んだときは奇妙な感じがした。それまで読んできた小説とは全く趣が違っていたからだ。2,3度読み直しても主題がよく理解できなかった。それよりもこの小説には主題といえるものがあるのだろうかと思った。梶井は「檸檬」で一体何をいいたかったのだろうとしばし考えあぐんだ。「檸檬」ははたして小説なのだろうか。私小説とも観念小説とももちろん自然主義小説とも耽美派の小説とも新感覚派の小説とも違った。それでも私は「檸檬」に強く惹きつけられた。梶井基次郎の名は私の脳裏に強烈に焼き付けられた。

 私は桜の花をじっと見ていると、一種恐怖心めいた感覚に襲われることがある。その桜が美しければ美しいほどなおさらである。
 桜はなぜかくも美しいのか。それは<桜の樹の下には死体が埋まっている>からである。私は美しい桜を見るたびに梶井の「桜の樹の下に」を思いだしてしまう。
 梶井基次郎は、写真で見るといかつい顔をしているが、少年時代から病弱で、31歳という若さで死んでいる。もともと技術者を目指して、三高の理科に入学するが、文学に方向を変え、東京帝大の英文科に入学する。
 梶井は退廃的な作家であるといわれるが、私にはどこが退廃的なのかはわからない。高校生のときには相当滅茶苦茶なことはやったらしい。梶井の代表作は何といっても「檸檬」である。私には数少ない梶井の作品の中では「檸檬」、「桜の樹の下に」が特に印象深い。ともに小品といっていいくらいの短編である。

 <えたいの知れない不吉な塊(かたまり)が私の心を始終圧(おさ)えつけていた>で「檸檬」は始まる。「私」は二日酔になった気分で京都の町をぶらつく。町の風景を見ながらいろいろな想念が浮かぶ。京都から遠い町のこと花火のことびいどろのことなどがとりとめもなく浮かんでは消える。
 「私」が以前好きだったところは丸善であった。昔は店の中の品物を飽きずに見て長い間店の中にいた。今では「私」には丸善は重苦しいところになっている。
 ある朝、「私」は寝泊りしている友人の下宿から彷徨(さまよ)い出なければならなかった。「私」はある果物屋で足をとめた。そこで「私」はレモンエロウの絵の具をチューブから搾(しぼ)り出して固めたようなあの単純な色をした檸檬を見た。「私」はそのレモンを1つだけ買った。「私」はレモンをもっていると幸福になった。あんなにしつこかった憂鬱がうそのように消えた。
 「私」はレモンの重さをじっくりと感じた。そしてこの重さはすべての善いもの美しいものを凝縮したような重さにも感じた。
 「私」はいつしか丸善の前に来た。「私」は丸善の中にはいった。そこで「私」は画本を積み上げ、その上にもっていた檸檬を置いた。「私」は店を出て、檸檬が大爆発したらおもしろいと感じた。

 「桜の樹の下に」は文庫で4頁たらずの小品である。冒頭<桜の樹の下には死体が埋まっている!>ではじまる。この作品はこの冒頭の言葉ですべてをいい表している。馬のような死体、犬猫のような死体、そして人間のような死体から出る液を吸って桜は美しくなるのである。

 「檸檬」は今読み返しても難解である。ただ、若いときには感じなかった檸檬の重さは読んだあと感じることができた。すべての存在が檸檬1個に集約される瞬間を梶井は感じたことがあったのだろうか。
 「檸檬」にしろ「桜の樹」にしろ何かを象徴しているのであろう。私はそれが梶井が持つ偉大なる思想に思えてならない。おそらくその思想は大長編に耐えられる思想であろう。おそらくその大長編は世界文学になったはずである。
 梶井の若い死が惜しまれてならない。

 
作文道場梶井 基次郎(かじい もとじろう)。
1901年2月17日 - 1932年3月24日。大阪市西区に生まれる。
第三高等学校→東京帝国大学文学部英文科に進学。
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